ここ数年、モータの認知度が上がっていると筆者は感じています。それを象徴するものの一つが、今回取り上げるブラシレスDCモータです。といいますのも、近年話題にのぼることが多い電気自動車、ドローン、家電などには、ブラシレスDCモータが使われていることが多く、耳にする機会が増えてきたように感じるからです。
特に暑くなってくるこの季節、家電量販店や通販サイトを覗くと、ある分野でこの「ブラシレスDCモータ」という言葉をよく見かけるようになりました。すでにお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんね。そうです、扇風機です。
扇風機にブラシレスDCモータを採用することにより、静音性、無段階速度調整、省エネなど、従来に比べ改善・高機能化が進みました。家電やPCなど、工業製品を使用することが当たり前となった昨今、モータがどのようなものであるか、イメージできる人も増えてきていると思います。そんな中、「ブラシレスDCモータ」という専門用語までが消費者向けに使われるようになりました。モータの認知度が上がっていることは、モノづくり関連の仕事に携わっている筆者も嬉しく思います。
とはいえ、一般的には「ブラシレスDCモータって何?」という方々がほとんどであることは間違いありません。少しでも多くの方に知ってもらう意味でも、今回改めて、丁寧にわかりやすく解説していきます。
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ブラシレスDCモータとは
ブラシ「レス」DCモータの話をする前に、最も一般的なモータであるブラシ「付き」DCモータについて触れさせてください。このモータの特徴は、その名の通り「ブラシ」と呼ばれる部品が使われている点です。

モータの回転は、磁石の引力と反発力で成り立っています。円形に配置された磁石と電磁石が、回転方向に引っ張り合ったり反発し合ったりすることで、回転運動を生み出しています。永久磁石のみが配置されているだけでは、一瞬回転するだけで停止してしまいます。しかし、電磁石を使い、流れる電流の向きをタイミングよく切り替えることでN極とS極を変化させ、回転方向に引力・反発力が連続で発生させる……これが回転運動の仕組みです。
ブラシは、この電磁石の電流の切り替えを作り出す重要な部品です。比較的シンプルで制御も容易な構造なのですが、ブラシは回転軸に物理的に接触しながら電流を流す構造であるため、ブラシの摩耗、接点の電気的ノイズ、火花の発生、摩耗したブラシの定期的な交換が必要……などのデメリットがありました。ブラシレスDCモータは、ブラシが行っていた電流切り替え動作を電子回路が代行することで、機械的な整流機構そのものを排除した構造を取っています。これにより摩耗部品を排除し、寿命が飛躍的に向上するとともに、高速回転時でも安定性を保つことが可能となりました。
さらに、電流の切り替えタイミングおよびその大きさのコントロールが回路上で制御できるようになったために、効率的なエネルギー運用が可能となったことが大きなメリットでもあります。ブラシ付きDCモータの弱点を改善したモータが、「ブラシレスDCモータ」なのです。
基本構造と仕組み
ブラシレスDCモータの構造は、大きく3つの主要部品から構成されます。
ロータ(回転子)
モータの回転する機構をロータと呼びます。ブラシレスDCモータの場合は、基本的には永久磁石が搭載されており、外部に配置した電磁石が作り出す磁界と相互作用することで回転運動が発生します。ここで使用される永久磁石の性質は、モータの性能に大きく寄与します。例えば強力な磁石の代表格であるネオジム磁石を使用すれば、高トルク・高効率なモータを設計できます。
ステータ(固定子)
ロータと対になる機構をステータと呼びます。ロータが回転するための磁界を作り出す機能を持ちます。コイルが巻かれた鉄心(電磁石)が、円周方向に複数配置された構成となっており、電流の大きさ・流れる向きを電子回路で制御することで、ロータの回転方向や速度、トルクをコントロールします。
回転位置検出センサ
回転をスムーズに行うためには、ロータに対し的確な磁界を与える必要があります。電磁石の磁力の強さ、N・Sの向きを適切なタイミングで切り替えてあげなければ、ロータに設置された永久磁石との引力・反発力が回転力として働きません。その切り替えタイミングを図るためには、ロータが現在、回転方向でどの位置にあるのかの情報が必要です。
そのために必要となるのが、この回転位置検出センサです。ホールセンサやロータリーエンコーダなどと呼ばれるセンサを使い、これらのセンサがリアルタイムでロータの位置情報を制御回路に提供します。制御回路は、この位置情報を元に各コイルへの通電タイミングを計算し、最適な磁界を作り出してロータを回転させます。

さらに近年は、回転位置検出センサを必要としない、センサレス制御という手法も広く用いられるようになりました。これはロータが回転することで発生する逆起電力や電流波形の特徴を利用して、物理的なセンサなしでロータの位置を推定する技術です。ハード面で得られる電圧・電流の信号を元に、組み込まれたプログラムが計算でロータの位置を弾き出すといった具合です。
センサ部品削減によるコスト削減・信頼性向上の面でメリットがあり、特に家電や電動工具など大量生産品で普及しています。プログラム開発にはハイレベルな技術が必要となるため、初回の開発コストはかかりますが、一度完成してしまえばさまざまな製品に応用可能な技術ということもあり、普及が進んでいます。
ブラシ付きDCモータとの違い
下記に両者の違いをまとめました。
項目 | ブラシ付きDCモータ | ブラシレスDCモータ |
---|---|---|
整流方法(電流切り替え方法) | 機械式(ブラシが回転体に接触) | 電子回路(非接触) |
寿命 | ブラシ摩耗で短め | 摩耗部品がなく長寿命 |
騒音・振動 | 接点部のノイズ・火花発生 | 静音性に優れる |
制御性 | 単純な電圧制御(低機能) | 電子回路による制御(高機能) |
メンテナンス性 | ブラシ交換が必要 | 基本的に不要 |
効率 | 低め | 制御機能が高いため高効率が可能 |
ブラシレスDCモータは、基本的にブラシ付きDCモータの欠点を克服した上位型と位置付けられます。お伝えしているように、最大の違いはブラシをなくしたことによる整流方式の違いです。電子回路の採用により、ブラシ付きDCモータで存在した機械的な接点がなくなったことは、さまざまなメリットを生む要因となりました。
摩耗部品がなくなることで、長寿命・高信頼性が得られます。また、火花や接点ノイズが発生しないため、モータ外部への電磁波発生などの影響も少なくなり、安全性の面でも優位性があります。ブラシ機構では、整流のタイミングは機械的に決定してしまいますが、これを電子回路でコントロールできるようになったことで、トルクや速度の細かな制御が可能となり、用途が大幅に広がりました。
ただ、ブラシレスDCモータのデメリットとして、回転させるためには電子回路が必須であることが挙げられます。電池をつなぐだけで回すことができるブラシ付きDCモータとは、使い勝手の点では大きな差があります。しかし、電子回路搭載によるメリットは、そのデメリットを補って余りある場面が多く、特に省エネが叫ばれる昨今ではやはり優位性は明らかです。
また、かつては制御回路が高価だったため、コスト面でブラシ付きDCモータが有利ということはありました。しかし半導体技術の進歩により制御回路の価格はどんどん下がってきており、コスト差は縮まってきています。コストだけをみれば、ブラシ付きモータに軍配が挙がる状況は多々ありますが、求められる機能を考えると、ブラシレスDCモータが標準的な選択肢となる場面も増えてきています。
ブラシレスDCモータの設計・制御

電磁設計の要所
モータとしての性能は、電磁設計に大きく左右されます。ポイントとなる要素を一緒にみていきましょう。
磁石材料
まず重要なのは永久磁石の種類です。用途や求められる特性に基づき、材料が決定されます。磁力が高いほど、同じトルクを得るためにモータ自体を小さく設計できるメリットがあるので、磁力の強いネオジム磁石が採用検討されることが多いです。しかしながら、ネオジム磁石は高温環境での使用には適さないという欠点もあり、冷却ファンなどの高温下での運転が想定される用途には使われません。材料には長所短所があるため、性質を見極めて適切な材料選定が必要です。
巻線設計
電磁石を構成するコイルの巻線仕様も性能に直結します。ターン数(巻線の巻き数)はトルク定数や逆起電力定数を決定づけます。巻き数が多ければ起電力が高まり、高トルク・低速寄りになりますが、その分電流も増加しコイルで消費される銅損が大きくなります。
また、巻線の線径は一般的に太いほうが優位であるため、なるべく太いものを使いたいところですが、巻き付けるステータコアのスペースには制約があるため、太すぎると必要なターン数が稼げず、必要な特性が得られません。バランスを取るのが設計上の重要ポイントです。
ステータコア材料・形状設計
巻線を巻き付けるステータコアも、重要な要因です。電磁石の鉄心材料が発生する磁力に影響するということを、中学・高校の理科で習ったことを覚えている方もいらっしゃると思います。まさにそれと同じ話で、巻線を巻き付けるコア材料に何を採用するのか。また、その形状をどのように設計すれば最も効率的な磁場を発生できるか。さらには、鉄心内で発生する鉄損と呼ばれる損失をいかに少なくするか。こういったことが設計のポイントとなります。
エアギャップ
エアギャップとは、ステータとロータの間の隙間のことです。この隙間が小さいほど電磁石の磁力の影響をロータの磁石へ伝えやすくなるので、高トルクを得ることができます。しかしエアギャップが狭すぎると構成する部品の公差を厳しくせざるを得なくなるうえ、振動や温度変化による接触リスクが増すため、精密な加工技術と剛性の高い構造が求められることになります。
このように、設計で理想を求めると、モノづくりにしわ寄せが行き工程設計が非常に難しくなるばかりか、そもそも破綻しかねません。エアギャップに限らずですが、現場と連絡を密に取りながらの設計が大切なことが垣間見えるかと思います。
熱設計と冷却
いかに高効率なブラシレスDCモータといえど、小さなモータが大きなトルクを発揮すれば、大きな発熱を伴うことは避けられず、その熱設計は重要なポイントになります。発熱源としては、巻線による銅損(I²R損失)、鉄心の鉄損(ヒステリシス損・渦電流損)、ベアリング摩擦損失などがあります。これら発熱の小さくするための高効率設計はもちろん大切ですが、発生した熱を処理する冷却設計も重要となります。
基本的な自然冷却構造として、モータの筐体に金属などの熱伝導性のよい素材をつかう、放熱フィン形状を取り入れるといったことに加え、空冷ファンを取り付ける、電気自動車や大型ロボットでは、冷却水を循環させる液冷方式なども主流になってきています。液冷は冷却効率が高く、コンパクトなモータでも高出力密度を実現できます。
制御アルゴリズム
ブラシによる電流切り替えを電子回路で代替していることはお伝えしました。この電子回路による電流切り替えの方法は年々研究され、進化を続けています。そのアルゴリズムをいくつか紹介します。
120度通電方式
最も基本的な制御方式が120度通電方式です。6ステップ駆動ともいわれます。低コストということもあり、広く普及してきました。ステータ3相のうち常に2相に電流を流し、120度ごとに順次通電相を切り替えていきます。構造は簡単ですが、低速時にはトルク脈動が生じやすく、低速運転や精密な位置決めには不向きな方式です。
正弦波駆動
静音性や高精度を重視する用途で採用されるのが正弦波駆動です。これは矩形波で構成されていた通電電流波形を正弦波形状に整形することで、緩やかで滑らかな運転・トルク出力を実現することを可能にしたものです。これにより、振動や騒音を大幅に低減できるため、高級家電や医療機器などで重宝されています。
ベクトル制御
さらに進化したのがベクトル制御です。モーターの電流をベクトルとして捉え、トルク成分と磁束成分を独立に制御することで、モータをより正確に制御できる制御方式です。電流効率を最大化するために、センサで検出されたロータの位置に対し、どんな電流を発生させるべきかを適宜計算し、最適な電流を発生させることで高効率の実現が可能です。
ドライバ設計
ドライバとは、ブラシレスDCモータとセットで必要になる、駆動用の電子回路を指します。ドライバは、当然ながらモータを制御するための重要な役割を持ちます。制御アルゴリズムを司るのもドライバであり、モータの性能を活かすも殺すもドライバ次第です。その構成部品をいくつかみていきます。
パワー素子
中でも重要なのは、モータに電流を供給するためのパワー素子の選定です。多くの場合、MOSFETというパワートランジスタが使われます。このMOSFETにより、モータへ適切な電流を送ることができ、その特性により、モータが持つ回転ポテンシャルをどこまで引き出せるかが決まります。
シャント抵抗
前項で挙げた制御アルゴリズムを用いてモータを駆動すれば、適切なタイミング・適切な電流値をコイルに出力できます。このタイミングや出力電流値はプログラムにより計算されて導き出されますが、その計算には、瞬間瞬間に流れている実際の電流値を知ることが必要となります。この電流値検出を担うのがシャント抵抗です。
仕組みはとてもシンプルで、測定したい電流が流れる回路に、シャント抵抗を直列に挿入し、シャント抵抗の両端電圧を測定する、というものです。電圧値がわかれば既知の抵抗値から電流値が算出できます。低コストかつ高精度に電流値が得られるスグレモノで、多くの場面で利用されています。
保護機能設計
過電流保護、短絡保護、過熱保護、逆接続保護、サージ耐性、ESD耐性など。さまざまな視点での保護機能が必要となります。顧客ごと、用途ごとに、求められる機能も変化するので、よくすり合わせをしながら設計を行います。特に車載や医療用途では安全規格適合が厳しく、フェイルセーフ設計も重要です。
EMC(電磁両立性)対策
パワー素子は高周波スイッチングを伴うため、放射ノイズ・伝導ノイズが発生します。配線パターンの最適化、フィルタ選定を含めたEMC設計ノウハウが重要な設計スキルとなっています。
信頼性 & 規格
用途に応じて信頼性確保のために各種規格への適合が求められます。例えば車載用途では耐久性と厳しい温度・振動条件への耐性が必要となり、絶縁寿命や熱膨張による内部応力なども加味した評価試験などが規定されています。
安全規格の例をあげると、下記のようなものがあります。
- 車載装置向け:ISO 26262
- 産業機器向け:IEC 61508
- 医療機器向け:IEC 60601
- 家電向け:IEC 60335
安全規格をクリアした製品を設計するためには、設計着手前にこれら規格内容を把握し、適合できるような材料選定、構造設計、評価試験計画などを行うことが重要です。
計測・検証
開発を進めて、製品仕様を確定させるまでには、度重なる計測・検証が行われます。
主だったものだけでも、例をあげると下記のようなものがあります。実際の設計業務では、PC上でのシミュレーション評価もうまく使いながら、場合によっては実測での評価をショートカットすることがあります。しかし、最終的な信頼性・各種規格適合をチェックするためには実機評価は必須であり、製品が顧客で不具合を起こさないためにも重要な作業となります。
計測・検証項目の例
- T-Nカーブ・効率カーブ測定
- 内部温度上昇評価(コイル・軸受)
- 騒音・振動FFTスペクトル解析
- 逆起電力波形測定
- 電流波形測定
- 振動・衝撃耐久試験
- 連続運転評価試験
- ヒートショック試験
- EMC評価試験
- 梱包評価試験
などなど…
ブラシレスDCモータ選定時のチェックリスト
別表にて、チェックリストを用意しました。お役立てください。
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ユニテックでは特に中型・大型モデルに自信をもっております。ご希望の特性の製品をご提供可能ですので、ぜひお気兼ねなくお声がけいただけますと幸いです。