本記事をご覧いただいている方々であれば、物理の授業で習った「慣性」という言葉を覚えていらっしゃる方も多いと思います。慣性とは、物体が「止まっている物はそのまま止まり続けようとし、動いている物は同じスピード・同じ方向で動き続けようとする性質」を指します。例えば、電車内で立っているときを考えてみると、下記のようなことが慣性の作用となります。

発進時:静止を続けようとしている体が、電車の加速についていけず後ろに引っ張られるような状態になる。

ブレーキ時:移動し続けようとしている体が、電車の負の方向の加速(減速)についていけず、前に投げ出されるような状態になる。

これは直線運動における慣性ですが、同様に回転運動においても慣性は働きます。これを、イナーシャ(もしくは慣性モーメント)と呼び、モータを使いこなすにあたって重要なファクターとなります。

イナーシャ(慣性モーメント)とは

回転運動における慣性=イナーシャを、直線運動における慣性と同様に言葉で説明すると、「止まっている物はそのまま止まり続けようとし、回転している物は同じスピード・同じ方向で回転し続けようとする性質」となります。モータの回転軸にはもちろん、モータの動力を作用させる負荷にも、イナーシャは存在します。イナーシャが大きいほど、加速・減速にはより大きなトルクが必要になります。適切なイナーシャ設計は、モータの効率・応答性・耐久性に直結するため、非常に重要な要素です。

モータの構造や動作原理に多少詳しくとも、イナーシャの話はよく理解できていない……という技術者が、比較的多くいると筆者は感じています。そこでもう少し深く理解するために、数式で追ってみたいと思います。

さて、物理を学んだ理系の方々なら全員が知っている、「運動方程式」があります。いわゆる運動方程式「F=ma」を、直線運動における式と捉えたとき、回転運動における運動方程式も導き出すことができ、その項にはイナーシャが存在します。この式を考えることで、イナーシャの概念がよく理解できると思います。

では、直線運動の運動方程式をもとに、回転運動の運動方程式を導き出してみましょう。

F=ma(運動方程式 F:力、m:質量、a:加速度)

↓ 両辺にrをかける (r:回転半径)
F×r=ma×r

↓ F×rはトルクの定義式を表す。文字Tに置き換える(T:トルク)
T=ma×r

↓ 右辺にr/rを出現させ、整理
T=mr2×a/r

↓ a/rは角加速度の定義式を表す。文字αに置き換える(α:角加速度)
T=mr2×α

↓ mr2をIとおく
T=Iα (回転運動における運動方程式)

Iで定義されるものが、イナーシャです。意味合いとしては、質量mを持った点が回転中心からrだけ離れた場所で回転したときのイナーシャが、I=mr2で表される、といった具合です。式の最初と最後を見比べてみましょう。

F=ma 直線運動の運動方程式

T=Iα 回転運動の運動方程式

それぞれ、FとT、mとI、aとαが対応していると捉えてみます。すると、イナーシャIは、直線運動における質量と同等と捉えることができます。質量と同じようなものだと考えると、イナーシャの概念がクリアになると思います。I=mr2ですので、回転体が重く大きいほど、イナーシャは大きくなり、始動には時間・エネルギーが必要となり、停止にも時間・エネルギーが必要といったことが理解できます。

イナーシャのイメージが理解できたのではないでしょうか。

イナーシャの種類

イナーシャを理解しやすくするために、主に3つに分類します。

①モータイナーシャ

モータ自身が持っているイナーシャです。モータの出力軸だけみると、細い軸が回っているだけに見えますが、実際は内部に配置された磁石だったりコイルだったりが軸に付随して回転しています。モータ単体にも回転体の質量がある程度存在しますので、イナーシャもある程度存在しています。

②負荷イナーシャ

モータの回転力を伝える対象物のイナーシャです。用途によって変わりますので、それぞれのケースにおいて計算が必要となる場合もあります。

③反射イナーシャ

減速機(ギアなど)を通じて、モータ側に「見かけ上」伝わってくる負荷イナーシャのことを反射イナーシャといいます。モータから見ると、「実際の負荷イナーシャ」が減速比の2乗で小さくなったように見えます。

減速比:入力軸の回転数 ÷ 出力軸の回転数

式からわかる通り、減速機を使うことで、モータに与える負荷イナーシャを大幅に減らすことができます。また、反射イナーシャは、その意味から「モータ軸換算負荷イナーシャ」などとも呼ばれます。

イナーシャの計算方法

基本的な公式としては、前述したI=mr2となります(質量mと回転半径rの2乗との積)。しかしこれは、理想状態の質点(体積の無い点が中心からr離れた場所で回転した場合)における式であり、実用的には体積のある物体で考える必要があります。その場合、半径方向で積分計算を行う必要があるのですが、よく使われる形状は公式化されています。今回はその公式をいくつか紹介します。

①円筒中空形状(カップリングなど)

m:円筒の質量
D:円筒の外径
d:円筒の内径

②物体の中心と回転中心がズレた位置にある場合の円筒

IA:円筒の中心Aを基準としたイナーシャ
m:円筒の質量
r:回転半径
D:円筒の直径

③巻き上げ機構(ウインチなど)

IA:回転軸に接続された円筒のイナーシャ
D:回転軸に接続された円筒の直径
m:負荷の質量

複雑な形状の場合は、各部品のイナーシャを個別に計算し、合算して求めます。

イナーシャの調整がなぜ重要なのか

加減速性能

イナーシャが大きい場合、加速しにくく減速しにくいという特徴を持つことになります。すなわち機敏な動作が難しくなるため、機器全体の応答が遅くなります。動き出しや停止を素早く行う必要がある用途では、できるだけイナーシャを小さく抑える必要があります。このように加減速性能へ大きく影響します。

制御安定性

イナーシャが大きいと、制御指示に瞬時に対応できないために、ワンテンポ遅れた動作となり、動作不安定につながることがあります。例えば、フィードバック制御において回転速度を上げる場面を考えてみます。目標回転数に届くまで、回転数アップの司令が発せられ、センサが目標回転数に到達したことを検知すると、回転数アップの司令が止まります。

しかし、イナーシャが非常に大きかった場合、回転数は目標値を通り過ぎ、速度が上がりすぎる場合があります。そうなると今度は、高くなってしまった回転数を下げるように制御が働きます。そしてセンサが目標回転数に到達したことを再度検知し、回転数ダウンの司令を止めます。

ところが今度は回転数が下がりすぎてしまい……といったことが繰り返され、いつになっても回転数が安定しない状態に陥ることがあります。適正なイナーシャ設計は、制御の安定性向上に重要な要因です。

機械的衝撃

急な加減速を行った際、物理的に接触している機械部品には多かれ少なかれ衝撃力が発生します。このとき、イナーシャが大きすぎるとその衝撃力も大きなものとなり、回転軸やギア、ベアリングに大きな衝撃が加わり、寿命を縮める原因になります。機械的な負担を減らすためにも、イナーシャ管理は重要です。

省エネ

無駄なエネルギーを使わず、効率的に運転するためには、イナーシャは大きすぎないことが大切です。イナーシャは、加速・減速に必要なエネルギー量に関わってきますので、省エネ設計を行うためにはイナーシャを適切に抑える必要があります。

イナーシャを考慮したモータ選定の流れ

①モータ自身のイナーシャ計算

モータ内部を含めた、回転軸がもつイナーシャを算出します。

②負荷イナーシャ算定

駆動対象(ベルト、テーブル、アームなど)のイナーシャを形状や質量から計算。減速機を接続する場合は、反射イナーシャを算出します。(モータの軸にかかるイナーシャを算出する)

③負荷トルクの算出

回転機構に回転速度を与えるためには、まずは回転方向の摩擦力や予圧に打ち勝つ回転力(トルク)を持つ必要があります。(この回転力をここでは負荷トルクと呼びます)この値は当然、機構の構造によって変化する要素なので、構成部品や素材などから摩擦力・予圧などを導き出し、算出します。

④加速トルクの算出

負荷トルクを超えた値が、加速に寄与するトルクとなります。(このトルクをここでは加速トルクと呼びます)加速トルクがどの程度必要なのかを①②の合計をもとに、算出します。

加速トルクは、どの程度の時間で、どの程度の回転数まで到達させたいか(=角加速度)を設定すれば、回転運動の運動方程式により算出できます。

T=Iα (T:加速トルク I:イナーシャ=①+② α:角加速度)

⑤モータに求められるトルクを算出し、モータ選定

モータに求められるトルクは、③負荷トルクと④加速トルクの合計値に安全率をかけた値となります。安全率は、明確な基準を設定するのは難しいため、構造や使い方などをモータメーカと相談して設定するとよいと思います。

そして、その値を満たすモータをカタログなどから探し出し、モータを選定します。ただし、安全率をやみくもに高く設定してしまうとオーバースペックになり、サイズが大きくなったりコスト面でも不利になったりするため、効率や耐久性などのバランスを考慮して選ぶと良いかと思います。

カスタムモータをご用命の方はユニテックへご相談ください

イナーシャを中心とした説明をしてきましたが、設計現場では複雑な構造を扱っている場合もあり、今回の話を当てはめるのは難しいかもしれません。ご相談いただければ、用途に合わせこんだカスタムモータのご提案も可能ですので、ぜひお気軽にご連絡ください。