近年、電気自動車(EV)が急速に普及していることは、皆さんもご存じのとおりです。 従来のガソリン車との最大の違い、それは動力源がエンジンから「モータ」に置き換わった点です。環境負荷の低減やエネルギー効率の向上など、さまざまな背景から生まれたこの技術革新の波は、実は自動車業界だけにとどまりません。 海の上でも、同様の変化が起きています。その一例が「船外機(せんがいき)」です

海岸で見かける小型ボートや漁船のその船尾(後ろ側)に、エンジンとプロペラが一体になった装置が取り付けられているものがあります。これが船外機であり、小型船舶における推進システムです。これまで、この船外機はエンジン駆動が主流でした。しかし、自動車の世界で起きていることと同様に、近年では電気を使ったシステムへの置き換えが進んでいます。つまり、エンジンがモータに置き換わった「電動船外機」が登場しつつあるのです。今回は、この船外機用のモータについて見ていこうと思います。

船外機の動力源

エンジン(2ストローク)

まずは、従来から使われているエンジンから見ていきます。昔ながらの船外機でよく使われてきたのが、この「2ストロークエンジン」です。「吸気・圧縮・燃焼・排気」というエンジンの基本動作を、ピストンの1往復(2行程)で完結させる仕組みです。 構造が非常にシンプルで軽く、瞬発力(加速性)に優れているのが最大の特徴です。一方で、燃費や環境性能の面では後述の4ストロークに譲る部分があります。

エンジン(4ストローク)

現在の主流となっているのが、この「4ストロークエンジン」です。自動車のエンジンと同じように、4つの行程をピストンの2往復(4行程)かけて丁寧に行います。 2ストロークに比べると部品点数が多く構造は複雑になりますが、その、燃焼効率が良く燃費に優れています。また、排気がクリーンで音が静かなのも大きなメリットです。力強さと環境性能を両立させた、優等生なエンジンといえます。

EV(モータ)

そして今、注目を集めているのが「EV(電動船外機)」です。 燃料を燃やすのではなく、バッテリーの電気エネルギーによるモータの回転力を利用します。これまでのエンジンとは異なり、排気ガスが一切出ないため非常にクリーン。構造が非常にシンプルでメンテナンスの手間が少ない点も、モータならではの強みです。

船外機モータの構造

船外機モータの大きな特徴は、モータ(動力源)、プロペラ(推進装置)、そして舵(操舵装置)の機能が一つのユニットとして一体化されている点にあります。動力源となるモータは、防水対策されたケース内部にしっかりと収められています。このモータの回転軸はプロペラにダイレクトに接続されます。「ダイレクト」に接続されることで、電気エネルギーを効率よく回転運動に変えることができ、プロペラが力強く水をかき、推進力を生み出します。

一方、従来のエンジンを動力とした場合は、モータに比べて構造がどうしても複雑になります。エンジンはモータのように密閉して水中に沈めることが難しいため、水上のパワーをプロペラまで届けるには、長いドライブシャフトや複数のギヤを介さなくてはなりません。

これに対し、モータを用いた「ダイレクトドライブ機構」は、非常にシンプルな構造です。振動の元となる可動部品が格段に少ないため、システム全体の騒音を低く抑えることにも大きく貢献します。シンプルだからこそ、静かでスムーズ。この構造的な利点こそが、船外機における電動化の大きなメリットといえるでしょう。

また、「舵」としての役割も併せ持ちます。ユニット全体を左右に振ることで、推進力の向きそのものを変え、進行方向をコントロールします。自転車のハンドル操作でタイヤの向きを変えるのと似たイメージを持っていただくとわかりやすいかもしれません。

EV船外機の普及

エンジン→EVへの置き換えが加速しているのが、レジャーボートや漁船、クルーザーといった「小型・中型艇」のクラスです。その背景には、環境負荷の低減だけでなく、モータならではの「快適性」があります。エンジン特有の騒音や振動、そして排気ガスの臭いに邪魔されることなく、波の音を聞きながら移動できる。体験してみるとその静音性の違いは段違いといわれます。

もちろん、大型艇や長距離航行においてはまだ課題もありますが、身近な水辺で活躍する小型・中型艇においては、エンジン船で必要だった複雑なギヤ機構を簡素化でき、メンテナンスの手間も大幅に削減できることもあり、エンジンからEVへの流れは既に始まっています。

EV船外機モータの種類

BLDCモータ(ブラシレスDCモータ)

ブラシレスという名前のとおり、物理的な接点(ブラシ)をなくしたDCモータです。一般的なDCモータにある「ブラシ」と「整流子」の代わりに、電子回路(インバータ)を使って電流の向きを切り替える構造を持ちます。

物理的な接触による摩耗がないため、寿命が非常に長く、火花が出る心配もありません。ブラシの摩耗粉が出ず、メンテナンス周期を長くできるBLDCモータは、信頼性が求められる海の上では安心につながります。モータの構造自体がシンプルなので、水中に沈ませる機構もシンプルに実現することができます。

PMSMモータ(永久磁石同期モータ)

交流(AC)電源により回る同期モータの一種です。BLDCモータと構造は大変似ていますが、電流の流し方(波形)が大きく異なり、ハイレベルな電流制御を必要とするモータです。それゆえに、高精度なコントロールが可能となっています。

船外機に採用される理由としては「高効率」と「高トルク」が挙げられます。船を動かし始めるときには大きな力が必要ですが、PMSMは小型ながら非常に力強いトルクを発生させることができます。また、効率が良いためバッテリーの消費を抑えられ、航続距離を伸ばすことにも貢献します。出力を重視する船外機モデルに最適といえます。

EV船外機モータに求められる性能

耐久性・信頼性

水上という場所は、電気機器にとって天敵ともいえる「塩害」や「湿気」、「温度」との戦いです。内部へ水の侵入を許してしまえば、当然ながら故障は免れません。また、長期間湿気にさらされることによりサビなどが発生してしまっては、モータの不具合を引き起こします。

こういった問題の発生を防ぐ高度な防水性能はもちろん、腐食に強い材料選定や、表面加工、場合によっては塗装やコーティングなど、対策が不可欠です。海上でのモータの故障は命取りになりかねません。どんな状況でも確実に動き続ける耐久性は、最も重要な性能といえます。高温試験・低温試験・塩水試験・落下試験・衝撃試験などなど。さまざまな信頼性試験をクリアする製品仕様が求められます。

トルク性能

プロペラの始動時、水の抵抗は非常に大きく、これを押し切るための大きなトルクが必要です。また、通常運転時も水の中でのプロペラ駆動は、さまざまな外乱や異物の衝突などが発生し、モータにかかる負荷は一定でないことが予想されます。

すなわち高トルク出力が可能で、トルク変動に追従できる性能が必要。さらに振動の少ない安定した乗り心地のためには、滑らかな回転が求められます。これには、磁力の強い永久磁石の採用や、ベクトル制御などを盛り込んだ回路・制御プログラム実装など、高度な技術が必要となってきます。

燃費・エネルギー効率

船外機の電動化において、避けて通れないのが「限られたエネルギーをいかに賢く使うか」という課題です。スマートフォンのバッテリー残量が残りわずかなとき、目的地まで地図アプリが持つかどうか不安になったことがある方もいらっしゃると思います。

船外機のバッテリーでこのような状態が起きた場合、これがさらに深刻です。もしエネルギー効率が悪く、予定していた航路の途中でバッテリーが切れてしまったら…。「目的地にたどり着けない」というのは、海の上では致命的なリスクであり、商品としての信頼性にも関わります。

また、昨今のSDGsへの関心の高まりもあり、電力を無駄にしない高いエネルギー効率が強く求められ、モータ業界では効率を高める努力が日夜行われています。最近は、効率を上げるために材料選定だけでなく、材料の開発に力を入れるメーカも出てきています。運転に必要な電流を0.1Aでも下げることができれば、数百台、数千台、数万台が稼働することを考えていくと、社会への影響度、貢献度は大変大きなものになります。ゴールのない課題ではありますが、効率アップは非常に重要な課題です。

静音性・振動の低減

「静かさ」は、電動化最大のメリットです。ダイレクトドライブ機構により、ギヤの噛み合い音や振動を減らすことができ、さらに「エンジン音」がなくなったことにより、快適な環境を手に入れられる、と先の説明で紹介いたしました。

しかしながら「静か」だからこそ、小さな音に敏感になる……といったことも、実際起こります。モータとして、可能な限り音・振動を抑える設計は、手を抜いてはなりません。静かさを追求することも、EV船外機の付加価値を高める大切な要素です。

ノイズ対策

船外機において意外と影響度が高いのは、電気的ノイズです。モータや、その制御回路からは目に見えない「電磁ノイズ」が発生します。モータにおける代表的なノイズの例として、ブラシ付きモータにおけるブラシ部から発生するスパークがあります。

ご存じの方も多いと思いますが、物理的な接触部で電流をスイッチングさせているため、接点部に大きなノイズが発生する、といった現象です。また、ブラシレスモータであっても、電流の流れを変更するスイッチングという現象は、スパークまでは行かないまでも原理的にノイズが発生することは避けられません。そのため、コンデンサやコイルなどの電子部品を使用することを基本とし、さまざまな対策が盛り込まれます。

特に今回の船外機においては、船内に搭載された魚群探知機やGPS、無線機に悪影響を与えないよう、徹底した遮蔽(シールド)とノイズ抑制技術が必要となります。モータ「だけ」の特性を見ているだけでは気が付かないポイントですね。モータが使用される機器との組み合わせを確認して初めて気がつくポイントだと思います。

最終製品のことを把握せずに、設計を完了させてしまい、もう後戻りできない状態になってから、もしくはエンドユーザ様にて問題がみつかる、といったことは、残念ながら多くの現場で起こっています。我々モータメーカはユーザ様の用途をよく確認することを日々意識して対応しておりますが、ユーザ様におきましても、モータを使って装置を設計する際は、モータメーカに相談いただければ、トラブル防止に役立つかと考えております。なお、ノイズに関しては、過去の記事でも取り上げておりますので、ぜひ参考にしていただければと思います。

メンテナンス性

従来のエンジンのように、オイル交換やプラグ清掃や、内部の点検に追われることはなく、メンテナンス性は高いといえます。部品点数を減らし、ユーザの手間を最小限に抑えることで、「いつでも手軽に、安心して出航できる」という使い勝手の良さも、モータが担う重要な性能といえます。

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